11月は、湯浅浪男監督の『顔を貸せ』をピックアップ。東京と大阪の不良女子グループが激突したのちに団結し、悪の組織に体当たりで挑むさまを描いた作品です。
主演の高宮敬二といえば、新東宝時代に吉田輝雄や菅原文太、寺島達夫とともに〝ハンサムタワーズ〟として人気を馳せたことで知られます。一方で、湯浅監督が手掛けた『血と掟』(65)に主演した安藤昇を松竹に紹介したのも高宮さんだそう。いわばプロデューサー的な役割を果たしたわけですが、〝ハンサムタワーズ〟の中ではなぜか爆発的な人気に至りませんでした。そのわけがこの映画を見てわかった気がします。ただ、高宮さん以上に、文太さんがろくでもない役で登場するのも衝撃。
今作は配給こそ松竹ですが、製作は松竹の子会社で、『血と掟』と安藤昇作品を作った製作プロダクションのCAGが担っています。そのためか、作中にはメジャー作品では味わえない奇妙な雰囲気が充満していて、画質は当時作られていた低予算のピンク映画に近いものを感じました。ハチャメチャなストーリー展開には閉口したものの、ある意味池玲子や杉本美樹が主演する「女番長」シリーズの原点のような映画として位置づけてもいいかもしれません。
また、不良女子グループのリーダーを演じる清水まゆみや初名美香の出演もうれしいのですが、チンピラ役の小高まさるや因縁をつけて金を巻き上げる〝ヤサぐれ〟を演じた荒井千津子など、映画の黄金時代の裏街道を走っていたような人たちの出演は、名画座フリークの心をくすぐるはず。個人的には、松岡きっこが美しすぎて、彼女が映るとイタリアのホラー映画のワンシーンを見ているかのようで大興奮しました。
『死美人事件』は、黒岩涙香の探偵小説をもとに小石栄一監督がメガホンを取ったサスペンス映画。主演の月形龍之介と、対峙する江川宇礼雄の強烈な化かしあいに始まり、刑執行3秒前の大どんでん返しなど、途方もない突っ込みどころが満載です。痩せている時代の小林桂樹、美形極まりないのだけれどセリフのない船越英二の登場もうれしい限りで、月形龍之介の〝姿三四郎〟ばりのアクションも見もの。横山やすし主演の『唐獅子株式会社』(83)を想起させる水攻めの場面も必見!
10月は、クリスタル族という流行語も生んだ、田中康夫のベストセラー小説を映画化した『なんとなく、クリスタル』を放送。気分次第でなんとなく毎日を過ごす都会の若者たちの姿を描いた、かとうかずこが映画主演デビューを飾った作品です。
かとうさんが演じる由利は青山学院大の学生という設定なのですが、公開された1981年当時、僕はちょうど青学に通う大学生でした。作中に映っていた表参道エリアの風景は非常に懐かしく、中でもあるレコードショップは僕が足しげく通っていたお店です。その名もパイド・パイパー・ハウスは南青山の骨董通りにあった伝説的なレコード店で、当時の店長だった長門芳郎さんは、のちに僕がピチカート・ファイヴでデビューしたときにたいへんお世話になった大恩人。そんな長門さんがパイドで接客をしている場面が映っていたのは、うれしいサプライズでした。ちなみに、一浪して青学に合格したときに両親に合格の報告をしたのも、パイドの店内にあった赤電話から。本作を見て、学生時代の思い出があれこれよみがえりました。
キャストは、由利役のかとうかずこは少々力が発揮しきれていない印象でしたが、彼女の恋人でミュージシャンの淳一を演じた亀井登志夫のカッコよさにはほれぼれ。若かりし益岡徹、蟹江敬三、そして光石研の登場シーンも見どころです。
鳴り物入りで使用された劇中の挿入歌も話題となった本作。日本映画で初めて既存の人気の洋楽を使用し、その使用料に映画製作費の多くが占めたことは物議を醸しました。
たしかに、音楽を全面に出すのは映画として斬新だなとは思ったものの、僕が好む音楽とは若干路線が異なっていて、少し違うというのが一番遠く感じるものだなぁと再確認。しかも、その音楽使用料がその後もネックとなり、いまだにパッケージ化も配信もできないのが莫大な音楽使用料のせいと聞いたら、さらに複雑な気持ちになりました。僕に言ってくれれば、商品化に支障が出ないように音楽をすべて差し替えるのに!
『ペエスケ ガタピシ物語』は、園山俊二の人気4コマ漫画『ペエスケ』を映画化した作品。つかこうへいの脚本は過剰なセリフ使いがなく抑え気味で、主演の所ジョージも全編通して引いた演技が光ります。宍戸錠、岡田眞澄、谷啓という往年の名優たちの出演と犬のガタピシの名演も見ものです。さらに、いまや巨匠の久石譲が手掛けた80s風音楽も貴重。
9月は、新藤兼人監督がメガホンを取り、乙羽信子が主演した『かげろう』を放送。瀬戸内海の島で起きた猟奇犯罪を捜査する刑事が、ふたりの女の正体を暴きつつ、島の因習や貧困も描く社会派作品です。
やはり最大の見ものは、乙羽信子の体当たり演技。『原爆の子』(52)以来、新藤監督には妻がいながら、乙羽さんと愛人関係にあったのは周知の事実ですが、そんなふたりがタッグを組んだ作品での乙羽さんの体を張った演技は毎作趣向が異なり、新藤監督も乙羽さんもそれを楽しんでいるかのように感じられます。今作も、乙羽さん演じるおとよの衝撃的な場面から物語が始まり、「こう来たか!」とうなるはず。
また、もうひとりの主役ともいうべき刑事を戸浦六宏が演じているのもポイント。60年代の大島渚作品を筆頭にクセのある脇役という印象の強い彼が、メインの役どころで大フィーチャーされている映画は見応え充分です。さらに、後年若松孝二監督作品の常連となる吉沢健を抜擢するあたりは、時代の空気をいち早く読む新藤監督の慧眼に感服したり。ほかにも、草野大悟や観世栄夫、それから黒い犬の名芝居も見事。
名画座ファンなら、刑事の捜査シーンに、東映の『警視庁物語シリーズ』(56~)や大木実主演の『張込み』(58)など、50年代後半から60年代に作られた刑事モノとの類似性にニヤリとするはず。さらに狭い小道や坂道の多い尾道の街並みは、ジャン・ギャバン主演の『望郷』(37)や石井輝男『黄線地帯』(60)も連想。
もちろん、脚本家から映画人生をスタートさせた新藤監督ならではのストーリー展開も秀逸。登場人物がひと言言うたびに回想シーンを挟むことによって映画のテンポが作られ、終盤まで事件の犯人がわからないように組み立てる手法はさすがです。それは、一緒に映画を作っていた吉村公三郎や仲間の映画人たちに、「こんな映画のスタイルもあるんだぞ!」と挑発しているかのようで、もちろん僕も、毎作違う手を使う新藤映画にはしてやられっぱなし!
森一生監督・水戸光子主演の『ある婦人科医の告白』は、堕胎はいかなる場合に許されるのかという問題をめぐって、女の悲しさや切なさを描いた作品。英雄にも悪役にも見える二本柳寛の魅力が何より光っています。また、劇中に描かれる観劇シーンの観客の中に、根上淳を発見したことが個人的には大収穫でした。
8月は、川頭義郎監督の『かあさん長生きしてね』放送。青森県津軽の十三潟湖畔と東京の下町を舞台に、多感な青春の哀歓と親子の愛情を描いた物語です。
実は今作は、すでに今年2月にシネマヴェーラ渋谷で鑑賞済みなのですが、その際はプリントの劣化が激しい記憶がありました。そんな今作が、最新技術でのスキャンを経て、美しい映像に蘇っています。
見どころは数えきれないのですが、それは川頭監督ならではの、登場人物全員に対しての細やかで丁寧な演出ゆえ。主役の和夫を演じる勝呂誉と米子を演じる倍賞千恵子の弾ける若さはもちろん、川頭監督の実弟である川津祐介が米子の兄・精一役で出演していたり、和夫の母を演じている田中絹代が津軽の風雅な景色に引き立てられて実に美しく映し出されていたりと、メインの4人だけではなく、伴淳三郎や葵京子らが演じる脇のキャラクターもしっかりと光が当たっているあたりは、さすが川頭監督とうなりました。
それにしても、倍賞千恵子は貧しい生活を送りながらも健気に働く役柄がやはり似合うなと思いつつ、中村登監督の『暖春』(65)で見せたOL役も妙に色っぽかったことを思い出してあらためて惚れ惚れ。川津祐介といえば、後年、大映映画で見せる怪優ぶりも見事だったなと振り返り、田中絹代は晩年に出演していた名作テレビドラマ「前略おふくろ様」(75)もシンクロしました。
そんな中、今作でいちばんいいところをかっさらっていったのは、和夫が勤めるクリーニング店に現れた助っ人の大島を演じた佐田啓二です。彼が職人を演じた映画というと木下惠介監督・原節子主演の『お嬢さん乾杯!』(49)での自動車修理工の役が思い出されたものの、スターとなってからの職人役はまた格別で、大島がつっけんどんな男と思わせておいて実は情に厚い二枚目だったというところもズルすぎる!
森一生監督の『月の出船』は歌手の〝バタヤン〟こと田端義夫のヒット曲を映画化した作品。正直なところ、森監督がこんな凡作を作っていたのかと衝撃を受けたものの、浪曲師の廣澤虎造が大フィーチャーされている点は高評価。また、バタヤンの持つギターが高価でレアものというのも音楽業界では有名なのですが、今作で彼が抱えるギターにも目が釘付けでした。そして先日惜しくも世を去った久我美子を見て涙。
7月は夏の風物詩である怪談映画を放送します。『怪談色ざんげ 狂恋女師匠』は、名代の美人で女ざかりの踊りの師匠が死霊となって、彼女をだました好色漢とその仲間の悪党に復讐するという物語。メガホンをとったのはのちにピンク映画に進出する倉橋良介監督です。
妖艶な美人師匠から恐怖の幽鬼に変貌するおせんを水原真知子が体当たりで演じたものの、少々物足りなさが否めなかった分、それを補って余りある大活躍を見せたのが、宗次郎役の名和宏と、どんどろ坂の仁蔵役の田崎潤というふたりの悪党。名和さんといえばあの任侠映画の大傑作『博奕打ち・総長賭博』(68)など東映作品における強烈な印象が強かったのですが、今作を観て若いころは水もしたたる美男俳優として売り出していたのかと驚かされました。そんな名和さん演じる宗次郎は、悪人になりきれず良心の呵責に苛まれる場面や、怨霊を恐れる人間らしさが垣間見えるシーンもあったのに対し、田崎さんが演じる仁蔵はいいところがひとつも見当たらない!冷酷非道極まりない強烈な悪玉ぶりは、さすが名脇役・田崎潤としびれました。
また、北上弥太郎と森美樹というふたりの二枚目俳優の共演もポイント。特に早世した森さんの端正なマスクを拝めたのは貴重だなと思いつつ、もう少し出てほしかったなというのが正直なところ。さらに、清水宏監督の『按摩と女』(38)の按摩役など、貧しい生活を送る人物を演じるイメージがある日守新一が豪商役で出演していたのも新鮮で、にぎやかなアチャコ、柳家金語楼、桂小金治といった顔ぶれからは、当時の彼らの人気ぶりがうかがえます。
ちなみに本作は、名匠・溝口健二監督の『狂恋の女師匠』(26)のリメイクといわれていますが、残念ながら同作のフィルムは現存しないとのこと。残っているのは同作を17歳のときに観て大絶賛したあの淀川長治さんの講評のみで、つくづく本家の作品を観てみたいものです。
野村浩将監督の『あこがれの練習船』は、商船学校を舞台に若者の友情と恋を描いた、川口浩主演の青春映画です。見どころは、大海原を航く美しい帆船。そして名画座ファンなら、北原義郎や鶴見丈二の出演はもちろん、いろいろな映画で脇役ながら印象に残る役柄も多い入江洋祐にも注目したい。これほどたっぷりセリフを言う入江さんはレアです。
6月は、メロドラマの名手として知られ、近年は名画座ファンの間で再評価が著しい大庭秀雄監督が初めて手がけた時代劇作品『情火』をピックアップ。明治初期に、新政府による急激な改革と、保守的な旧幕府領の人々との間で起きた梅村騒動をモチーフに描いた本作は、時代劇の醍醐味ともいえる勧善懲悪の爽快感はないものの、人々の苦悩や無念といった心理描写が丁寧につづられていて、すっかり引きこまれました。
主人公の梅村速水を演じた若原雅夫も本作が時代劇初出演。新政府の司政官・梅村速水の現存する写真と瓜二つと評されたことに、公開当時の若原さんは悦に入ったようですが、現代人からするとその髷姿は西郷輝彦にそっくり!意外な発見に衝撃を受けつつも、正義感が強く、実直すぎるあまり、飛騨の人たちの反感を買う梅村役は実にハマり役でした。そんな梅村に立ち向かう合羽屋おらくは、木暮実千代がさすが名女優と言わしめる迫真の芝居を展開。梅村と出会った当初は敵愾心を燃やすものの、彼の誠実さに触れるうちにほだされていくさまもしびれます。
物語の進展に一役買う、名バイプレーヤーの山村聰と柳永二郎の存在感も秀逸。才覚がありながら世俗を嫌って晴耕雨読に勤しむ梅村の親友・奥田金馬太郎は、博学な俳優の代表格ともいえる山村さんにうってつけで、腹に一物を抱える地役人の吉田文助を演じる柳さんの芸達者ぶりも大いに堪能しました。
キャスティングの妙が光る大庭監督の傑作ですが、唯一残念だったのは、名画座ファンが愛してやまない大木実の出番が非常に少なかったこと。その代わりというわけではないけれど、おらくといい仲でありながら日和見的な地役人・吉住弘之進を演じる夏川大二郎を存分にお楽しみいただきたい。戦前は青春スターとして活躍した夏川さんがうだつの上がらない役人を見事に演じるさまは、旧作映画ファンの心をくすぐるはず。
野口博志監督の『俺は情婦を殺す』は、復讐の執念と男の意地がさく裂する、長門裕之主演のショートプログラム。井田探と柳瀬観の共同脚本は粋で小気味よく、何といっても物語の舞台となる渋谷が、昔はこんな街だったのかと、その様変わりぶりに目を見張ります。日活映画の刑事役でよく見る弘松三郎がなかなか大きな役で出演している のもレア。
5月は、本コーナー初登場となるマキノ雅弘監督の『此村大吉』を放送します。歌舞伎の〝仮名手本忠臣蔵〟五段目で登場する定九郎のモデルの此村大吉の恋と剣の物語を描いた本作。最大の見どころは、主演の鶴田浩二以下、河津清三郎、久慈あさみ、田中春男、森健二、甥の長門裕之と、マキノ監督の名作『次郎長三国志』シリーズを想起させる超豪華な俳優陣です。ただ、松竹に東宝、宝塚、新東宝、東映の名優たちの共演は、瞬きもできないほど素晴らしいキャスティングなのですが、それゆえに収拾がつかなかったのか、本作のストーリー展開には少々不親切な印象を拭えません。
〝此村大吉〟は講談でおなじみの物語であるものの、当時の作品資料にも「此村大吉を知っている映画大衆は非常に少ないと思われますが、それがかえって未知への魅力ともなり…」と記されており、説明過多な映画に慣れた現代人にはなおさら映画を観ただけでは物語を理解しがたく、名作ぞろいのマキノ映画にしては珍しい失敗作?と、なんとも歯がゆい気持ちになってしまいました。
とはいうものの、しばらくは何の話が始まったのかつかみにくい奇妙な冒頭の語り口が以前観た何かの作品に似ている、そうか、あれは『次郎長三国志』のシリーズ最終話の『荒神山』、あの作品もまるでフィルムが欠落して途中から始まったかのような展開だったと思い出し、調べてみると『荒神山』は54年7月公開、本作は同年9月とあまり間を置かずに撮られていたと知ると俄然、興味が湧いてきます。すると開巻まもなくの久慈あさみと森健二のやりとりはまるで『次郎長三国志』スピンオフ、さらには大映の伊達三郎と新東宝の沢井三郎が並ぶ眼福。河津清三郎が歌舞伎小屋の1階席から桟敷席の悪漢・徳大寺伸に大声で啖呵を切ってチャンバラが始まる胸のすくような展開にはさすが、と唸ってしまいましたし、極めつきはうるんだ瞳のヒロイン・三田登紀子の典型的なマキノ・ビューティーっぷり、やはりマキノ雅弘はエンタテインメントの名匠でした。
大曾根辰夫監督の『出世鳶』は、北上弥太郎と山田五十鈴が共演する時代活劇モノ。劇中に登場するどぶ池や横丁のセットが素晴らしく、何より風が見事に描写され、時代劇の巨匠・大曾根監督の手腕が光ります。個人的には松竹映画の常連・水上令子がなかなかの大役、単独でアップで映ったことに心躍りました。
4月は、高橋治監督の『男の歌』をピックアップ。腕っぷしの強い男前の青年が、ボクサーとして歩んでいく姿を描いた青春映画の傑作です。
とにかく主演の吉田輝雄の魅力が爆発している今作は、冒頭のタイトルバックで繰り広げられた乱闘シーンからたちまち惹きつけられました。吉田さん演じる純三が大勢の人を相手に殴っているのですが、実際にはまったく当たっておらず、その動きがまるでバレエのように見えるという素敵なオープニングにはやくも心奪われ、しかも、その場面でボクサーの鉄夫を演じる杉浦直樹とトレーナーの三枝を演じる菅原文太と出会った純三が鉄夫にコテンパンにやられてしまうという導入も秀逸。加えて、純三のチャーミングなキャラクターと、吉田さんの肉体美にも魅了され、ボクシングの試合もたっぷりと描かれていて非常に見ごたえがありました。松竹制作でボクシングが登場する映画というと、戦前に小津安二郎が手がけた『非常線の女』(33)が思い出されますが、同作で三井秀男という芸名でボクシングを習う学生役で出演していた三井弘次が、今作で純三の面倒を見る医師役として登場するというキャスティングも粋。喉にエフェクトが入っているのではないかと言いたくなる三井さんの声は唯一無二ですし、今作を観てあらためて松竹の顔ともいうべき名バイプレーヤーだなと感服しました。
そして、名画座フリークなら、吉田輝雄と菅原文太に加えて高宮敬二という、新東宝時代にハンサム・タワーズとして人気を博した4人のうち3人が出演しているのがなんといってもうれしい。欲をいえば寺島達夫も松竹に移籍していたのだから出てほしかったけれど、松竹作品でのお三方の共演には感激しきりです!
高橋監督は後年直木賞作家として名を馳せた印象が強く、正直なところ映画の作風からはもしかして松竹より大映のほうが手腕を発揮できたのではないかと思いますが、今作を観ていたら、劇中のボクシングの試合会場になんと「映画は大映」という広告を発見! 偶然の演出も含めて(笑)、大満足の拾いモノでした。
久松静児監督の『二つの處女線』は、久我美子と根上淳が共演する青春恋愛作品。個人的に、根上さん演じる孝之介が目玉焼きをすすって食べる場面が印象に残っている一方、孝之介の兄・雄之介を演じた大野守保が、デビュー前の若杉英二ではないかという説に衝撃!
3月は、田中重雄監督の『夜行列車の女』をチョイス。闇夜の鉄路をばく進する夜行列車内で次々と起こる怪事件を大スペクタクルとともに描いた、隠れた傑作です。
本作が公開されたのは、戦後映画産業が復興してまもない1947年のこと。そのため主人公で国鉄労働組合の代表である幸田を演じる若原雅夫をはじめ、名画座でおなじみの俳優陣の若かりし姿を拝めることにまず感激しました。当時の映画を観ると俳優がみな痩せていて日本人の食糧事情が見てとれるのだけど、若原さんもかなり細面で、一方で話し方や演技のスタイルがすでに完成されているなと確認できたのはファンとして大収穫。さらに幸田の同僚・三木を演じた花布辰雄も大好きな俳優のひとりで、若い時分の彼を見られたのも、またノンクレジットでエキストラ的に登場した日活のバイプレイヤー・高品格の若き日を見られたのもラッキーでした。そんな中で、老医師役の見明凡太郎が安定の老け芝居でニヤリとさせてくれました。
豪華な配役もさることながら、田中監督をはじめ制作陣も達人揃いで、脚本には名匠・伊藤大輔の名前がクレジット。戦争直後の世相や庶民の姿をしっかりと描きながら、魅せるストーリーを展開するあたりはしびれました。映画中盤で繰り広げられる、走行する列車の屋根の上でのアクションシーンも迫力満点で、これだけでも見ごたえがあるのに、物語終盤には若原さん演じる幸田がインディ・ジョーンズ顔負けの、からだを張った最高のシーンが待っています。ダイナミックな撮影手法も楽しいし、美術ものちに鈴木清順監督作品で手腕を発揮した木村威夫が担当しており、思わぬ拾いモノに大興奮しました。同じく列車モノの『ブレット・トレイン』(22)が不発だったブラッド・ピット主演で、ぜひともリメイクしていただきたい!!
斎藤武市監督の『渡世一代』は、〝男の紋章シリーズ〟で人気を博した高橋英樹主演の任侠モノ。梅野泰靖や芦田伸介、弘松三郎、金子信雄ら豪華キャストが出演しており、本作に続いて作られた〝一代〟シリーズ第2弾が鈴木清順監督の名作『刺青一代』(65)と聞くと、名画座ファンはハードルを上げてしまうかもしれないのでご注意あれ…。ただ、高橋さん演じる伊蔵の弟分・銀次を怪演した岸田森は必見。特に、伊蔵にドスで殺される銀次のラストはまるで吸血鬼のようで一見の価値あり。
2月は、森園忠監督の『夜は俺のものだ』をピックアップ。事件を起こした凶悪犯4人が町医者の家に立てこもる、緊迫の72時間を描いたサスペンスタッチの短編です。森園監督作品は初鑑賞だったものの、蔵原惟繕監督の『愛と死の記録』(66)などを企画した大塚和が携わった作品は上質のものが多いという印象があり、やはり大塚プロデュース作は期待を裏切らないなと再確認しました。
今作の見どころは、粒ぞろいの俳優陣。日活スターの沢本忠雄を筆頭に、菅井一郎、東谷暎子、佐野浅夫、草薙幸二郎、高野由美らの共演はうれしい限りで、特に凶悪犯の一味を演じた佐野さんは改めて最高のバイプレーヤーだなと実感しました。しがない刑事役をやったかと思えば今作のように犯人役もこなす、変幻自在の演技力はさすがだし、開襟シャツがこんなに似合う人もいない。佐野さんと同じく劇団民藝所属の草薙さんとのコンビも見ものです。
また、世界で一番レーニンに似ている菅井一郎が、今作は悪役ではなく、誇り高い医師を熱演していたのも見ごたえがあり、『事件記者』シリーズの刑事部長「ムラチョウさん」でおなじみ宮坂将嘉が、悪の組織のボス役で登場するという意外性も高ポイント。同じく『事件記者』シリーズをはじめ、多くの日活映画に脇役として出演している花村典克が、今作は三原一夫という役者名でクレジットされて出演したのも個人的には収穫でした。
何気に印象に残っているのは、冒頭に映しだされた、時計がたくさん並んだ貴金属店内の描写。そして、大町文夫や雨宮節子を見て、ひと昔前の日本人はこういう顔つきだったなといううれしさもこみ上げました。
酒井欣也監督の『咲子さんちょっと』は、新妻の咲子さんを江利チエミが演じた人気ホームドラマの劇場版。咲子さんの夫で新進作曲家の京太郎を吉田輝雄が演じています。
新派から呼んだ伊志井寛や当時人気絶頂の古今亭志ん朝など、豪華キャストが次々と登場するだけで楽しい今作。個人的には新東宝から松竹に移籍したばかりの松原緑郎を拝めたこともポイントです。
挿入歌の『新妻に捧げる歌』は中村メイコ作詞、神津善行作曲で江利さんの代表曲のひとつ。今作を観た直後に中村さんの訃報に接し、あらためて「昭和も遠くなりにけり」という気持ちになりました。
1月は、田畠恒男監督の『花扉』を放送。戦後の財閥解体で没落した元令嬢と作曲家志望の青年が繰り広げる波乱の恋模様を描く、初名美香の第1回主演作品で、佐々木功や笠智衆ら豪華キャストが登場します。
今作を観て想起されたのは、鈴木清順監督の『悲愁物語』(77)。鈴木監督といえば『殺しの烙印』(67)が日活上層部から〝わけのわからない映画〟と不評を買って解雇されたというエピソードで知られているけれど、その10年後に、より一層〝わけのわからない〟『悲愁物語』を松竹で制作し、物議を醸しました。『悲愁物語』は、若く美しい女子プロゴルファーがスターの地位を獲得するものの、嫉妬に狂った主婦族に抹殺されるという物語で、人気者の主人公の女性が妬まれて辛い目にあうというストーリー構成が『花扉』とそっくり。しかも、新人の白木葉子が初主演を飾った『悲愁物語』に対し、今作は新人の初名さんが初主演という点も重なります。鈴木監督は今作にインスピレーションを受けて『悲愁物語』を作ったのではないか!?と思わず勘繰ってしまいました。
一方で、松竹が誇るエース級の俳優たちの共演は見事。笠智衆はもちろんのこと、芸達者な南原宏治に、怒れる若者役が似合う三上真一郎、小津映画の名脇役・三宅邦子やにっぽんのおばあちゃん女優・高橋とよの登場は、名画座ファンにはうれしいし、杉浦直樹と山内明の2大サイコパスも最高です。
そういえば、岡田茉莉子とアイ・ジョージが共演し、三國連太郎や笠智衆、丹波哲郎も出演した渋谷実監督の『二人だけの砦』(63)も、キャストが豪華だけど作品としてはZ級の松竹映画でした。改めて、迷作映画を輩出する伝統もある松竹映画の奥深さを思い知らされた!
加戸敏監督の『絢爛たる殺人』は、劇場内で起きた殺人事件を名警部が解決する、イギリス映画のシャーロック・ホームズを思わせる推理もの。宇佐美諄がホームズ、加東大介がワトソンの立ち位置で登場します。
見どころは、今作でデビューを飾った菅原謙二。白いコートが二枚目ぶりを際立たせていました。その一方で、戦前から活躍する宇佐美諄も端正な顔立ちが魅力的で、この系統の美しさを現代のビジュアル系ロッカーが引き継いでいる不思議なバトンタッチも興味深く感じました。
宮川一夫のカメラも素晴らしいけれど、彼はやはりカラー映画を撮ってこそその手腕が輝くなと再確認。
12月は、岩間鶴夫監督の『恐怖の対決』を放送。リングを去ったボクサーが暗黒街のボスと対決する、アクション作品です。
傷害罪を犯してボクシングを辞めた主人公を演じるのは、名画座ファンを虜にしてやまない大木実。松竹時代の大木さんといえば野村芳太郎監督の『張込み』(58)が思い出されますが、今作も愚直で正直な男を好演していて、その魅力がさく裂しています。当時の松竹の俳優を並べてみても、この役は大木さんをおいて他にはいない。
一方で、大好きな有沢正子と杉田弘子の共演が拝めるのも今作の見どころのひとつ。ともにあまりメジャーになれなかった女優なのだけど、それぞれに美しく、特に杉田さんはそのクラシカルな美貌が目を引きます。杉田さんというと、野村芳太郎監督の『月給13000円』(58)で、誰もが狙う美女でありながら、うだつの上がらない南原宏治演じる主人公に思いを寄せる女性を好演した印象が強く、戦前なら大スターだったかもしれないと思わせる美しさがその魅力。今作の杉田さんは特に美貌が際立っていて、完全にノックアウトされてしまった!
脇を固める布陣も注目。暗黒街のボスを演じる杉浦直樹が安定の悪人ぶりを見せる一方で、彼の第一子分を演じた高野真二がここまでの悪役をやるのは珍しく、バスハーモニカらしきものを演奏する二番目の子分役の小瀬朗もいい味を出しています。また、大木さんの弟を演じる清川新吾がこれほどフィーチャーされることもレアで、有沢さん演じる光枝に付きまとう男として登場する佐竹明夫も絶妙。小説家タイプの葛城といううさん臭い男がよく似合う。
さらにストーリー展開も秀逸で、冒頭に描かれる刑務所内のモブシーンが、物語後半の争いと対になる演出には感心しました。アクション映画としてなかなかの秀作でありながら、家族の問題をしっかりと絡ませてくるあたりが松竹映画らしく、子供たちが壁に落書きする場面も、大らかな時代だったと懐かしく思い出されます。
戦災孤児の少女がある男性に支えられ、バレリーナとして花開くまでの物語を描いた『踊子物語』は、小石栄一監督がメガホンを取った大映映画。三條美紀が初主演を飾り、上原謙が特別出演しています。三條さんの美しさや日本のバレエ黎明期を支えた貝谷八百子の登場もさることながら、個人的に注目したのは、活動写真の弁士やラジオの朗読で名調子を披露した人として有名な徳川夢声の出演。上原謙の歌声も必聴です。
11月は、若杉光夫監督の『十代の狼』をピックアップ。純情な娘たちを毒牙にかける愚連隊と、彼らを追う刑事たちの物語を描く、社会派ショートプログラムです。
長野から上京し、愚連隊の仲間入りをした主人公の青年・鉄夫を演じるのは青山恭二。現代では二枚目と呼べるのかわからないながら、人懐こい雰囲気が貴重な俳優。とは思いつつも、個人的にはやはり、大好きなバイプレーヤーの梅野泰靖に目を奪われました。日活作品では悪人やスネ者の役が多い梅野さんが、本作では鉄夫の兄貴分で絵に描いたような不良グループのリーダーを演じていて、それは彼らしさが失われてしまうのではないかと危惧したものの、杞憂に終わりました。やっぱり梅野さんは期待を裏切らない!
そして、不良グループが殺人事件に絡んでいるのではないかとにらんで捜査する警察サイドでは、ベテラン刑事の佐野浅夫と若いエリート刑事の垂水悟郎の対比を見事に描写。特に佐野さんは製作当時は35歳のはずなのだけど、刑事の勘に頼って足を使った捜査をするひと昔前の刑事を巧みに演じていて、芸達者ぶりに感服しました。
そんな佐野さんが演じる松下刑事に、飲み屋の店員で松下に恩のあるゆり(斉藤美和)が、事件に関する有力な情報をもたらすシーンが二度あるのだけど、その場面を見ていて思いだされたのは、若杉監督の傑作『七人の刑事終着駅の女』(65)。こちらの作品も、刑事が聞き込みをする人物を丁寧に描き、それらの小さなエピソードの数々をまとめてひとつの大きなドラマにする手法がとられていて、地方から上京してきた若者が犯罪に巻き込まれるストーリー展開も、本作と重なります。
一説によるとショートプログラムは、3本立てで上映する地方の映画館向けに作られ、東京では上映されなかったと聞いたことがあるのだけど、『七人の刑事~』はショートプログラムではないものの都内ではなぜか数日で公開が終わってしまい、幻の映画と呼ばれたとか。そんな上映秘話も含めて、『七人の刑事~』のエチュード的作品が本作なのではないかと思うと、さらに味わい深く感じられます。
横浜を舞台に、だるま船に住む水上生活者の少年・太郎とバレリーナ・久美の交流を描いた『銀の長靴』は、市村泰一監督作品。見どころは、久美を演じる由美かおるの華麗な舞踊シーン。蝶々・雄二をはじめとしたお茶の間の人気者たちも物語を彩り、黒澤明監督の『どですかでん』(70)の主演に抜擢された頭師佳孝の天才子役ぶりも光る!